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 今の仲宿の一帯の台地は、昔は大きな山でした。この山を「権現山(ごんげんやま)」と宿場の人びとは呼んでいました。それより前は「稲荷山(いなりやま)」と呼んでいたそうです。
 それはある夜のこと、王子稲荷の方角から「火の玉」が飛んで来て、ぱーッと山を明るくそめて、火の玉はこの山に沈みました。人びとは「いなり様」が飛んで来たと言って、そこに稲荷様をまつったので「稲荷山」と言うようになったそうです。
徳川家康が関八州を秀吉からいただくと、国の様子を見て歩いたそうです。ある夜のこと、家康は東山道の古い道を歩いて板橋にやって来て、「稲荷山」に上がりました。ついてきた竹の杖を地に突き立て、かたわらの大石に腰を下ろして四方を眺めていました。

やがて帰ろうとして立ち上がり、竹の杖を取ろうとしても、杖は根がはえてしまって、ちっとも動きません。仕方なく杖をそのまま残して、家康は江戸のお城に帰ってしまいました。
 それから不思議なことが起りました。王子権現の森から毎晩のように竹が飛んできては、この山に根づいて、たちまち大きな竹やぶになってしまいました。

人びとは、それからこの山を「権現山」と言うようになりました。そして「稲荷社」のわきに「竹の杖権現」のお宮をつくりました。この「竹の杖権現」は、板橋宿が盛んになるとともに、たくさんの人びとの信仰を集めて有名になりました。
 今では、わずかに残っている藪の中に、小さな祠(ほこら)があって、稲荷様と権現様が一緒にまつられてあります。
※参考資料・出典 「いたばしの昔ばなし」(板橋区教育委員会 発行)


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